【元AV女優・風俗嬢/作家・平成 遊女】不人気の傍らで才能を開花する風俗嬢…

アダルト業界に身を置き第一線で活躍する賢者たちが、懐旧の情に駆られながら、若かりし日の風俗体験について語りつくすこのコラム。

今回は、18歳になると同時に水商売の道へ入り、わずか1ヶ月で風俗嬢へ転身。その後AV女優として華々しく活躍しながらも、自身の言動によってSNSでの炎上を経験。
そんな波乱万丈なアダルト業界での経験を経て、現在は作家/ライターとして活動している平成 遊女さん。

そんな彼女の風俗初体験とはどんなものだったのか?

今だから話せるアダルト業界での悲喜こもごもを、思う存分語っていただきました。

風俗デビューは18歳、誕生日を迎えた当日に上京

私が風俗業界に足を踏み入れたのは18歳、同級生は高校3年生という青春を謳歌している最中だった。

青春を謳歌する事を諦めざるを得ない自分の人生に、怒り哀しみ、そして少しの希望。
スーツケースひとつで上京した。

風俗で働く理由が多種多様になった現代ではもはや古臭い、典型的な「可哀想」な環境で育った私は、18になったら水商売をしようと決めていた。

高校に在籍する18歳は水商売が出来ないので退学して身綺麗にし、身分証を作り、一人暮らしの費用を貯めた。
着々と下準備を行ったお陰で、18歳になると同時に働く事が出来た。

当初はキャバクラで働いていたが、せっかくならバストの大きさを売りにしようと思い上京後1か月で風俗へ移行する事に。

オナクラの面接を受けるが、実態は素人系のホテルヘルス。講習なし、ぶっつけ本番!

風俗への移行を決めるも当時はまだ風俗業に詳しくなかったので、ナイトワークの求人サイトで勉強した。

オナクラ、ピンサロ、ヘルス、おっパブ、セクキャバ、ソープ…実にたくさんの業態がある。

既に性経験が豊富だったので不特定多数に性的な事をするハードルは低いが、初対面という事に対しては抵抗があり、徐々に慣れたいという気持ちでオナクラから始めようと問い合わせをした。

雑居ビルの一室へ案内され、そこで面接を受けた。源氏名は「もも」に決まったが、そのタイミングで重大な事を告げられた。

「予約が入ったけど、うち実はホテヘルなんです」と。

入店しないとしても、既にホテルに入られてしまったこのお客様だけは接客して欲しい。そう言われると断れない。

普通はお仕事前に講習をするが、この時は一切無し。いきなりぶっつけ本番で接客をした。今考えると講習無しで素人系風俗の特色を引き出したかったのだろうと思っている。

左も右も分からないので、お客様に正直に打ち明けて作法を教えていただいた。

最初のお客様が親切だったのでヘルスでも働けそうだと思い、継続入店する事に決めた。

テクまで素人のままはイヤ!

2ヶ月後にはグラビア特集を組んでもらい仕事にも慣れたが、悪い方に慣れてしまっていた。

ホテヘルは決められたホテルにしか行かないので、すでに新鮮味がなくなり飽きていたし、素人系なのでテクが無くても許されるという空気に甘えてしまっている自分に危機感を覚えていた。

もう少しステップアップしたくて現役AV女優が多数在籍するお店へ移籍し、「のぞみ」になった。

高校中退ではまずいと思い学校に通い始めたり、交友や恋愛とプライベートは多忙。ステップアップしたくて移籍したはずが勤怠はもう滅茶苦茶。

にも関わらず常にランキング内に入るようになっていた。ホテヘルではパッとしなかった私が…

「勤怠を守らなくても、すぐ予約満了になる」怠惰でも評価される事を良いことに、調子に乗り始めるまでそう時間は掛からなかった。

睡眠不足、栄養失調の日々で力も入らないのでサービスも手抜き。だけど19歳という若さとスレンダー美乳だけで、本指名のお客様でいっぱいだった。

手抜き風俗嬢の根性を直してくれたお客様

ある時、3時間というロングコースで初めてのお客様から事前予約をいただいた。勤怠のだらし無さから当日にならないと出勤予定を出さない私が、珍しく前日にシフトを出した日だ。

スタッフから、事前予約なので出来るだけ休まぬよう釘を刺されたので当日は出勤できた。出張先は都心の高級ホテル。
19歳の少女にはまだ場違いなホテルだ。

呼び鈴を押してからとても長かった、ドアから顔を出したのは半身不随のお客様。

いつもなら特に私が何かしなくてもお客様がもてなしてくれるが、今回ばかりは難しいだろう事をすぐに悟った。

そしていつもの手抜き接客では3時間というロングタイムに耐えられる訳がない事も。

初見のお客様だし、予約はすぐに埋まるから困っていない。いつも通り手抜き接客をしたとしても評判に傷は付かない。

だけどその時は良心が出てきた。「このお客様に喜んでもらえるように、精一杯サービスしたい」と。

シャワータイムはまるで介護だった。
介護椅子を使い、丁寧に。浴槽に入るにも根気がいる。

性サービスも大変だった。横になってもらうのも座るのも一苦労。仮に手抜き風俗嬢じゃなかったとしても、このお客様を接客するのは大変だろう。

テクは無いので試行錯誤して、珍しく汗だくになりながら接客をしてお客様は喜んでくれた。

真面目に汗をかいてサービスで喜んでもらう事って気持ち良いなと思った。本当はこういうプロの仕事をしたかったのだと思い出した。

不動のNo.1を抜いて風俗を引退

完璧に改心しきれた訳ではないけれど、以前より丁寧に接客をする様になった事で本指名のお客様の来店頻度が上がった。汗だくで接客をしたあのお客様も定期的に来てくれた。

勤怠も少しだけ真面目になり、不動のNo.1の女の子を抜きNo.1になれた。

ランキングが全てではないと思う私だが、これは素直に嬉しかった。同時に、目立ちたくない気持ちもあり風俗業から引退を決意。

風俗引退→AV→風俗復帰

風俗を引退して3年もの月日が経とうとする。19歳の少女は、22歳になっても気まぐれなまま。

相変わらず人騒がせで破天荒さに拍車がかかっていた。そう、映像を通して人前でセックスを見せるAV女優・ゆいなになっていたのだ。

AV女優になった私は過去の赤裸々な性体験を語り、まとめサイトやネット上で話題になり大変な騒ぎを起こしていた。

名前がクレジットされない企画女優としてのデビューながら大手メーカーと契約を結び、徐々に名前がクレジットされる単体作品が出始めサイン会を開催するなど恵まれた環境にいた。

3年で成長する訳もない怠惰な少女には責任が重すぎたのだ。
“自由”に働いていた風俗嬢時代が恋しくなり、AVはスピード引退した。

風俗に復帰するものの、以前とは風俗業界も変わっていた。初めて書きはじめた写メ日記の評判は上々。肩書きとの相乗効果で指名は多かった。

しかし自堕落で体重が増えていき、普通店には居られないと感じて所謂マニア向けの風俗店へ移ることに。以前とは違い、お客様が支払う金額が60分1万を切るお店だ。

最終的に+50kgほどになってしまいAVの頃とは別人になってしまったが、たくさんのご指名をいただいた。

なのにまた調子に乗ってサービスを手抜きするようになり、今度こそお客様が離れていってしまった。

それからお店を転々とし改心して大幅なダイエットをしたりサービスの向上を目指すも、一度無くした信頼は中々戻らず、反省しても遅いのだと風俗を続けていく自信がなくなってしまった。

不貞腐れた気持ちになってしまう前に出した答えは、森の中の木でいる事をやめる事。

たくさんの木が生い茂る中、日陰で背伸びして日が当たるのを待つよりも、一度枯れて薪として役に立つ人生を送る方がいいのではないかと思った。

というよりもアダルト業界ではもう使い物にならない私は、日光不足で枯れるか、枯れきる前に活路を見出すか、それしか道は残されていなかった。

風俗を引退し、ライターとして活路を見出す

不人気風俗嬢だが幸いにも文章だけは高く評価されていた。来店は見込めないが、写メ日記のファンは多いということだ。

写メ日記とは風俗嬢の営業ツールであり、日記に載せる写真や文章が来店を促す重要ファクターとなっているが、私の場合は書けば書くほど本来の目的から遠のく。

文章が、男性の性欲に勝ってしまうのだ。

「面白いから普通にお友達になりたい」
「性サービスはしなくていいからインタビューしたい」
「話だけ聞きたい」

性サービスを売りにしているのに、必要としてもらえるのは性ではない。必要とされる事を仕事にしたいという気持ちが次第に強くなった。

性サービスに需要がない私が必要としてもらえる物は何だ?考えを巡らせると、やはり文章しかなかった。

生い立ちのせいか小学生の頃から生態観察の的にされてきたので、説明する行為を簡素化するために長年ブログを書いていた。

小学生の頃は文通、中学ではブログ、高校ではサイト作成。形は違えど時代背景に合わせてずっとライティングをしてきた。

風俗での日記は仕事の付帯として半ば義務でやっていたが、趣味でやるライティングは苦ではなかった。

自叙伝でも書いたらいいのに、と言われる事もしばしば。有名でもない私が自叙伝?とも思ったが、他者から見て向いているのならやってみようと思いオフィシャルサイトを立ち上げた。

【平成 遊女 オフィシャルサイト】

完全なる趣味ではあるが、便宜上作家を自称する事にした。ペンネームは、平成遊女と書いて(ひらなり ゆめ)。平成をもって風俗を卒業したからだ。

風俗時代のお客様、そしてAVのファンの方…風俗やAVを辞めた今も、たくさんの方が作家活動を応援してくれる。

「必要とされる事を仕事にしたい」が叶いつつある。風俗時代のドタバタ劇がなければ、絶対になし得なかった事だ。

原点に立ってみる

世界的な疫病で、個々の努力だけではどうにもならず自分を見失ってしまう方も多いかもしれない。

しかしピンチはチャンスということを忘れないでほしい。過去を振り返り原点に立ってみれば、活路はきっと見つかると信じている。

うまくいかない…それは貴方の個性が上手く発揮できていないだけなのかもしれない。

子供の頃はどんな事が好きだったか?どんな事を褒められていたか?時間がある今だからこそ自分の個性や特色を、ぜひ見つけて欲しいと思う。

平成 遊女(ひらなり ゆめ)
元AV女優・風俗嬢/作家
千葉県出身。
18歳の誕生日に上京し水商売の道。わずか1ヶ月で風俗嬢へ転身し、その後AV女優として華々しく活躍しながらも、自身の言動によってSNSでの炎上を経験。
現在は得意だったライティングの活かして、フリーランス作家・ライターとして活動中。
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